ある読者から相談が届いた。出張中、夜にパートナーと電話していて途中で口論になり、相手が突然「また余計なものでも見てるんじゃないでしょうね」と言ってきた。どう返せばいいか、という内容だ。私の答えはシンプルだ。自分が何を見たかを慌てて説明する前に、相手が何を心配しているのかをはっきり聞くこと。多くの口論はその四文字が原因ではなく、あなたが検索したタイミング、言い出せなかった迷い、そして相手が頭の中で膨らませた筋書きのせいで起きる。
私は東南アジアの生産ラインを回るエンジニアで、一年のおよそ三分の一をホテルで過ごす。6日目の夜はたいてい感情が底を打つ。昼は工場で歩留まりに追われ、夜に部屋へ戻ると、机の上にはミネラルウォーター一本と翌日の会議資料の束だけ。あの日、ビデオ通話をつなぐと、妻は子どもの食器を片付けている最中で、背景はとても騒がしかった。私が三言話しても彼女は聞き取れず、四言目で彼女はスマホを立てかけて皿洗いに行ってしまった。私の中で糸が切れた。「もういい、どうせ聞いてないんだろ」と口に出していた。
彼女が戻ってきたときには、もう表情が変わっていた。先週、私の机を整理していて、タブレットに大量のタブが開かれているのを見たという。タイトルは男性の健康、体力、精神といった言葉ばかりだった。彼女はそのときは何も聞かなかったが、心に留めていた。心配していたのは私が何を買ったかではなく、体に不調があるのに言わず、真夜中に一人で調べているのではないか、ということだった。私はその場で反論しようとして、確かに彼女にそのタブのことを話していなかったと気づいた。自分でも何を調べているのかまだ分かっていなかったからだ。
その時期の私の検索履歴はめちゃくちゃだった。きっかけは、何週間か続けて午後の会議中に集中力が急に落ちること。時差のせいだと思っていたが、やがて年齢のせいではと疑い始めた。まずキーワードから入り、打っては消し、言い方をいくつか変えた。出てくるものは栄養補助、生活リズムの調整から、いかにも効きそうな名前のものまでさまざま。その中である一組の文字が何度も現れたので、付箋に書き写し、帰国してからゆっくり見ようと思った。その紙を彼女が見つけたことで、ビデオ通話のあの火種になった。
喧嘩の翌日、ホテルのロビーで車を待ちながら付箋を広げ、ふと気づいた。問題はその文字そのものではなく、私の問い方にあった。最初から最後まで「どれがいいか」ばかり問い、まず「自分は何を心配しているのか」を問うていなかった。そこでやり方を変え、最近の精神状態、睡眠時間、コーヒーの杯数を一つずつ書き出し、付箋のいくつかの文字を丸で囲み、横に「まだ何か分からない、まず買わない」と書き添えた。その夜のビデオ通話では、もう説明せず、画面をそのまま共有して見せた。
彼女はそれを見て少し黙り、実は自分も調べたと言った。検索欄に打ち込んだのは「日本藤素」で、これが薬なのか、食品なのか、その中間でパッケージの表示が曖昧なものなのかを知りたかったのだという。私たちは二人で画面に向かい、見つけたページを一つずつ読み上げた。成分を書いたもの、使い方を書いたもの、ページ全体がどれだけ早く効果が出るかだけを語るものもあった。どの説が正しいかを判断する力は私たちにはない。だが、どの言葉が「早く注文させようとしている」ように聞こえるかは判断できる。
その夜、私たちは三つを決めた。第一に、帰国するまで誰も注文しない。電話番号を残させたり、メッセージアプリへ誘導したりするページは一律で閉じる。第二に、パッケージに書かれた成分、警告、製造・輸入情報を写真に残し、帰国後にその画面を持って専門家に聞く。ネットの書き込みに聞くのではない。第三に、こうしたものが台湾で処方箋が必要な区分なら、正式な手続きを踏み、出所不明のルートからは入手しない。彼女はこう付け加えた。まずそれが何なのかを確認してから、触るかどうかを決めよう、と。
帰国後、私たちは本当にクリニックへ行った。付箋、スクリーンショット、その頃の生活記録を持参し、特定の製品を医師に太鼓判を押してもらうためではなく、どこから検査すればいいのかを知るためだった。医師は睡眠、ストレス、運動習慣を尋ね、ネット上の多くの説は性質の異なるものを混ぜて語っていると注意を促し、まず服用中のサプリメントを全部書き出すようにと言った。診察室を出たとき、妻は電話で三時間言い争うよりずっと役に立ったと言った。あの付箋はその後、机の前に貼ってある。正しい問いを先に立ててから、答えを探す。自分への戒めだ。
もしあなたも似た会話になったら、私の提案は「なぜこれを調べたの」を「一緒に資料を広げて見よう」に変えることだ。調べることは恥ずかしいことではない。恥ずかしいのは、相手に自分の検索履歴から体調を推測させることだ。魅力的に見える名前については、まずそれがどの分類に属するのか、出所は明確か、専門的な評価が必要かを確認してから次の一歩を決めればいい。パートナーが求めているのは多くの場合、保証ではなく、判断の過程に自分を参加させてくれる姿勢なのだ。