ある人に聞かれました。市場で店主が「オクラは腎に良い、牡蠣は亜鉛を補う」と言っていたのに、家に帰ってネットを見たら、その二つを一つのカプセルとして語っている人がいる。同じものだと思っていいのか、と。私の答えははっきりしています。食材は食材、健康食品は健康食品。互いに連想することはできても、互いを証明することはできません。店主が話しているのは自分の売り場の経験であり、パッケージに書かれているのはまた別の言葉です。その間にある落差こそ、時間をかけて読み解くべきところです。
私はまず「常識」と「宣伝」の境界を分けます。オクラは野菜、牡蠣は海鮮。これは市場で手に取れて、重さを量れるものです。しかし粉に挽かれ、カプセルに詰められた瞬間、加工食品になります。成分表、推奨摂取量、警告文、製造元と輸入元、すべてを改めて見直さなければなりません。店主はそんなことは言いません。彼が売っているのは今朝届いた野菜であって、密閉された缶の中の粉ではないからです。両者を混ぜて語るときに最も起きやすいのは、野菜を買っているつもりが、実は包装された概念を買っている、という事態です。
先月、昔ながらの市場で買い物をしていたとき、隣の店のおじさんが牡蠣を剥きながら妻に話しかけ、「男はある年齢になったらこれをよく食べるといい」と言いました。私はその場では何も言いませんでしたが、帰り道ずっと考えていました。なぜこの「食べたものがそのまま補う」という言い方は、市場では特に説得力を持つのか。後に気づいたのは、それがとても具体的だからです。映像があり、匂いがあり、年長者の口調がある。それに対して健康食品の表示は正反対で、とても抽象的で、小さな文字が一行あるだけです。人の脳は自然と具体的な方に寄っていく。これは誰のせいでもなく、私たちが物事を理解する方法なのです。
私が本当に手を止めて調べ始めたのは、ある日検索欄にオクラ牡蠣カプセルと打ち込んで、それが一体どう語られているのか見てみたときでした。出てくるページは食品紹介のように書かれていたり、ある種の期待を売っているように書かれていたりして、この種の製品が法規上は通常、一般食品として扱われ、医薬品ではなく、効能を謳えないことを正直に説明しているものはほとんどありませんでした。誰かを否定するつもりはありません。ただ一つ確認したかったのです。もし私がそれがどの分類に属するかすら言えないなら、なぜ自分がそれを理解したと思えるのか。この問いは「効くかどうか」より手前にあり、まず問うべきことです。
次に私はごく普通のことを二つしました。一つ目は、家にある健康食品を全部引っ張り出して、一つずつ成分表と警告文を見たこと。すると推奨摂取量すら曖昧に書かれている表示があることに気づきました。二つ目は、調べたい品名を紙に書き写し、地域の薬局に持って行って薬剤師に聞いたことです。こうしたものと処方薬が互いに影響しないか、今飲んでいるものと一緒に飲んでいいか。薬剤師は魔法のような答えはくれませんでしたが、健康食品も摂りすぎれば問題が出ることがあり、亜鉛を補いすぎて銅のバランスが崩れるのはよくある例だ、大事なのはどの缶も無害なキャンディのように扱わないことだ、とだけ注意してくれました。
ここにはそのまま当てはめられないケースがあります。持病がある、服薬中である、医師から数値を管理するよう言われている場合は、ネットの記事を見て自分で飲むかどうか決めるのは適しません。製品の包装に完全な成分、製造情報、国内の責任販売元が見当たらないなら、調べようにも調べられません。誰かが「飲めばわかる」「みんな飲んで良いと言っている」で表示の代わりにしようとしているなら、それは通常、情報ではなく話術です。これらの判断に医学の背景は要りません。包装を裏返して、文字を最後まで読む気があるかどうかだけです。
はっきり言っておきますが、市場の食材の常識に価値がないわけではありません。オクラの選び方、牡蠣がどの季節に太るか、これらは生活の中でとても確かな知識で、妻はそれで立派な食卓を作っています。問題は、誰かがその確かさをそのまま持ち出して、一つのカプセルの保証に使うことです。食材が新鮮かどうかと、カプセルに何が入っていて、あなたに合うかどうかは、別の道です。それらを繋げると、見た目は滑らかですが、実際には間にいくつもの確認が抜け落ちています。
ですから私の結論はこうです。好奇心はいい、調べるのもいい、しかし順序が大事です。まずそれが食品か医薬品かを確認し、次に表示と出所を見て、最後に今飲んでいるものを一枚のリストにして、医師か薬剤師に聞く。この流れは何を買うべきかを保証しませんが、少なくとも自分が何を買っているのかは分からせてくれます。市場が教えてくれたのは野菜の選び方、健康食品が教えてくれたのは、自分の判断に責任を持つこと。この二つは、どちらも真剣に向き合う価値があります。
私の核心的な判断は、食材と健康食品は互いを証明できないということです。なぜなら、両者は検証のされ方が異なるからです。市場での経験は日常の観察から来ており、映像や温度感はありますが、一粒のカプセルに何が入っているのか、用量はどれくらいか、誰にリスクがあるのかは説明できません。議論を深めるには、ある製品の成分表と警告文に具体的に目を向け、それが何を謳い、どんな制限があるのかを見るのが最善です。「オクラが良い、牡蠣が良い」といった漠然とした連想にとどまるべきではありません。そうして初めて、食べる価値があるか、あるいは誰に聞くべきかを判断できるのです。